プロジェクトの概要

【研究の目的】

日本周辺海域は生物生産力と生物多様性がともに高く、世界の三大漁場の一つとして知られている。しかし、①近年の人間活動の拡大によってその生態系機能が劣化し、②温暖化・酸性化などの地球環境変化が生態系機能に及ぼす影響が懸念されており、加えて、 ③3・11東日本大震災の大津波によって三陸・常磐海域の沿岸生態系が壊滅的に撹乱された。本研究は、①沿岸生態系の構造・生物生産機能・変動のしくみを解明し、②生態系機能の再生・保全と持続的利用技術を確立することを目的とする。

 

【研究の概要】

本研究では、河川水の流入や海水の流動と生物の移動・分散によって、沿岸海域の岩礁藻場、海草藻場、河口干潟、外海砂浜などの生態系が相互に連関して複合生態系を形成すると考える。その上で、親潮域の厚岸湾と黒潮域の相模湾、黒潮と親潮の移行域に位置する三陸・常磐海域、対馬暖流域の若狭湾、内海域の備讃瀬戸を対象海域として、アサリ・アワビ・ナマコなど無脊椎動物やニシン・スズキ・ヒラメなど魚類の資源生産力を異なる海域間で比較して、複合生態系の構造・機能・変動を理解する。海域間比較では、地震動と津波によって撹乱された三陸・常磐沿岸海域複合生態系の時間的変化(二次遷移)過程にも注目する。また、生態系サービスを尺度として、複合生態系の再生過程、生態系機能保全策の効果、地球環境変動に伴う将来変化を定量的に評価する。 このような研究展開によって、①沿岸海域複合生態系の構造と機能を解明してそれを動態モデルで表わし、②地球環境の変動に対する生態系の応答を予測するとともに、③生態系の時間変化過程を考慮して、④生態系機能の保全と持続的利用の技術を確立する。

 

用語解説

複合生態系:岩礁藻場・海草藻場・河口干潟・外海砂浜などの個々の生態系が相互に連関して形成する複合系。

撹  乱: 生態系の安定を乱したり遷移の進行を妨げる破壊的作用のことで、地震・津波や台風などの物理的撹乱、大気汚染などの化学的撹乱、昆虫大発生などの生物的撹乱などがある。

二 次 遷 移:台風・洪水などによって既存の生物群集の大部分が失われた後におこる遷移。これに対し、従来生物が存在したことのない基質(新島やカルデラ湖など)上に新しく生物が侵入しておこる遷移を、一次遷移という。

生態系サービス: 食料供給・炭素吸収・水質浄化・景観形成など、人間社会が生態系から受ける物質的・心理的利益。

 

本研究計画の詳細 ――――――――――――――――――――――

 

【研究の背景】

重要な沿岸海域の生態系機能

沿岸海域は、藻場、干潟、マングローブ、珊瑚礁など、熱帯林と並んで一次生産の最も高い生態系から構成され、地球全体の生物種の多様性を支えている。しかし、人間活動の影響が集中する沿岸海域では、海岸線や河川環境の人為改変、富栄養化と汚染、外来種の移入などによって、本来の生態系機能が大きく損なわれるに至った。沿岸海域に隣接する沿岸地域には、世界中の人口250万人以上の大都市の65%が集中している。沿岸海域は地球表面の約6%の面積にもかかわらず、38%の生態系サービスを産み出していると試算されている。人間活動を維持しつつ沿岸海域本来の生態系機能を回復・保全することによって、人間社会が持続的に沿岸海域の生態系サービスを享受するためには、生態系機能を保全する具体的方法の確立が重要である。

人間活動拡大に伴う沿岸海域の劣化

2000年~2010年まで行われた第1期の「海洋生物のセンサス Census of Marine Life, CoLM」によると、日本周辺海域に生息する3万数千種の生物のうち、26%を軟体動物門が、19%を節足動物門が、13%を脊索動物門がそれぞれ占めている。生物資源として重要な種を数多く含むこれら分類群の多様性が高いことが日本周辺海域の特徴である。多様な種によって構成される生物群集の中で再生産をくり返すことでそれぞれの資源生物が個体群を維持し、人間にとって重要な生物資源として持続的に利用されてきたのである。しかし、20世紀後半における人間活動の拡大によって沿岸海域の生態的機能は劣化した。沿岸海域に再生産・成育場を持つヨウジウオ類、ハゼ類、キス類など数十種の魚類が絶滅危惧種(カテゴリーCR)とされるに至り、沿岸海域における漁業生産高は1985年の227万トンをピークとして2007年にはその57%にまで減少した。このように生態的機能を劣化させた沿岸海域が、今後急速に進行すると考えられる地球温暖化や海洋酸性化に伴ってどのように変化するかは、我が国独自の食料生産を維持する上でも、高い生物多様性保全の上でも大きな問題である。加えて、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震と大津波は、東日本太平洋沿岸海域の生態系を壊滅的に撹乱したと考えられる。これによって生じた生態系の構造や機能の変化は、当該地域の今後の資源生物生産に著しい影響を及ぼすであろう。

農業的手法に代わる群集生態学的手法

わが国の沿岸海域において、生物資源はこれまで基本的に種個体群単位で保全策や利用策が講じられてきた。すなわち、資源となる生物種ごとに管理方策を策定し、あるいは標的種の大量放流等によって資源増殖を図ってきたのである。世界で最も種多様性が高い海域の一つであるわが国の沿岸海域において、資源生物種はきわめて多様な他の生物種と複雑な関係を持ちつつ、繁殖し成育して再生産している。したがって、生物群集内の害敵や競合種を排除しつつ、ある特定の標的種の優占度を極度に高めて効率的に生産・収穫するという農業的な手法は、沿岸海域では有効ではない。このような農業的思考に代わって、天然の生態系機能を十全に発揮させることで生物群集内において資源生物を持続的に生産するという、群集生態学を基礎としたアプローチによって、新たな資源生産の考え方と具体的手法を確立することが求められている。海洋生物は水平的にも鉛直的にも移動範囲が広く、複数の生態系を跨いで、あるいは往来して生活史を過ごすという特性を持つ。漁獲対象となる種の保全・利用策を講じる上で、その種が生活史全体を通じて利用する複数の生態系を個々に理解するだけでなく、物質循環や食物網を通じて連環する沿岸海域全体を一つの複合系として捉える必要がある。しかしながら、従来の資源管理・保全研究では、複合系を視野に入れた研究例はほとんどなかった。

【達成目標】

個生態系と複合生態系

本研究課題では、温帯から亜寒帯の沿岸海域に存在する河口干潟、外海砂浜、岩礁藻場等を個生態系と考え、それらが隣接・連環して複合生態系を構成するととらえる。河川を通じて陸域からの物質供給を受けた複合生態系内で、溶存態物質や粒状物質は拡散・流動する。複合生態系内を流動する栄養物質を利用して、個生態系内では植物プランクトン、底生微細藻類、大型海藻類、海草類などがそれぞれの個生態系に特有の一次生産を行う。複合生態系には、多様な生物種がそれぞれ選好する個生態系内に、あるいは個生態系を跨いで生息して、複雑な生物群集を形成する。食う-食われる、資源を分け合うなどの種間相互作用のネットワークの中で、生物種はそれぞれの生態的地位を占めて種個体群を維持している。したがって、複合生態系を構成する個生態系が改変を受ける、あるいは複合生態系内の相互連環が損なわれると、生態系が持つ資源生物生産の機能が失われることになる。

資源生物生産機能の解明と生態系サービスによる定量評価

本研究では、寒流域・暖流域・内海域の定常状態における海域間比較によって、複合生態系の諸機能がどのように連環してこれら生物資源の生産となって現れるかを解明する。その上で、複合生態系の諸機能の保全に本質的に重要な諸過程を明らかにし、それら諸機能が保全された結果として得られる生態系サービス(食料供給、炭素吸収、水質浄化、景観形成など、人間社会が複合生態系から受ける物質的、心理的利益)を定量的に示す。陸域における人間活動の影響を強く受ける沿岸海域では、地球温暖化や海洋酸性化の影響が外洋域より顕著に現れる。解明された複合生態系の構造と機能を基礎として、温暖化や酸性化の影響が沿岸海域においてどのように現れるかを生物種の多様性と資源生産機能の観点から評価し、沿岸海域の生態系サービスがどのように劣化するのかを予測する。その上で、沿岸海域の生物生産機能を保全して持続的に利用する方法を定式化する。

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